米国ゲーム業界を震撼させた「アタリショック」をリアルタイムでご存じの方は少ないだろう。ウェブトゥーンやマンガ業界関係者には関係の薄い業界のことだからなおさら知らないだろう。
1983年、今から40年前のこと。米国の家庭用ゲーム市場の急激な拡大に釣られて、ゲームを作ったこともない他業種のメーカーがアタリのゲーム機「Atari VCS」のサードパーティとして参入した。。それらの新興メーカーの雇った開発者は、アタリやアクティビジョンなどの開発者とは違ってまともにゲームを作る能力がないことから、非常に質の低いソフトまでもが市場に溢れ返った。全く異業種も甚だしいクエーカーオーツ(朝食シリアルのメーカー)やピュリナ(ペットフードのメーカー)等も参入。それらのメーカーは豊富な資金力で、低品質ゲームソフトに大きな宣伝を打った。当然、家庭用ゲーム市場全体の信用を損なわせることになった。
今のウェブトゥーン市場には膨大な作品数があるが、今のウェブトゥーンブームは、「俺だけレベルアップな件」をはじめとする数10作品程度によって「ウェブトゥーンは儲かる」と勘違いした参入や投資が見られる。しかも、収益性の高いのはファンタジー作品やBL、セクシー系に限られ、マンガのような多様な作品が賑わう市場ではない。
日本作品がそろそろ出始めているが、先行する人気作品と双肩する作品どころか、恐ろしく低収益な作品で溢れている。かろうじて人気のあるのは、韓国作品を徹底してベンチマークした「テンプレート型作品」である。別に読者は韓国作品を選んで読んでいるわけではないし、日本のラノベ人気作品や作家の原作のウェブトゥーン化もあって、そういった作品が増えるのは自然と言えば自然だが、あまりに酷似した「作画、ストーリー、サムネイル、タイトル」が数多くある。最近は、ファンタジー、BLの中国作品が凄まじい勢いで品質向上を成して、ピッコマでも上位に多くの作品が入るようになった。これは今後も間違いなく続くはずだ。かつてゲーム業界でも中国作品は日本の模倣で品質も劣悪だったが、今やテンセントやネットイース等をはじめ、中国勢がすでに市場を席捲している。ウェブトゥーンも同様の未来があるのではないか。よほどの外的要因がない限り、だ。
ウェブトゥーンは、原作アリとナシの作品があるが、ヒット作品はほとんど原作小説アリである。原作ナシで、特にファンタジー作品をヒットさせるというのは、可能性がないわけではないが事例はない。一方で、韓国、特にNAVER WEBTOONでは、幅広い層が読む国民的なメディアであり、幅広いジャンル作品がそれぞれ人気を持ち、作家が一人で描いているような作品でも人気作がある。NAVERが広告モデルのプラットホームであることも関係している。ウェブトゥーンはスタジオ方式、つまり分業で作らなければならないという幻想・錯覚は、日本の市場だけを見ていると感じてしまうが、韓国では、特定ジャンル以外は単独で描ける範囲のジャンルもあり、作家性が保たれている。
一方で、作家の収入に関する格差問題もある。これはアタリ社にも同様の問題があった。ポータルのDAUM、NAVERから誕生したウェブトゥーンは、ポータル側と作家側のレベニューシェア(RS)条件が4:6ないし3:7だったりする。Google等の手数料が30%なので、作家は単純計算で上代の42~49%の印税を受ける。人気作品になれば、1か月で億単位の収益が達成できる作家もいる。それでもRSの料率には、作家の不満も多い。
日本はどうか。作家が直接契約してもせいぜい30%が限界。原稿料も同様の差がある。しかも作家がピッコマやLINEマンガと直接契約するケースはほぼ皆無なので、制作会社や出版社のマージンが足かせになる。仮に韓国の人気作家に日本で描いてもらおうと思っても条件が違い過ぎて、交渉できない。この格差によって日本作品は韓国の先行するノウハウを活用できずに、日本だけで作ることになる。進化のスピードは上がりにくい。
アタリショックの原因を一言で言うと「粗製乱造と模倣」。一方、ウェブトゥーンブームという幻想を持った投資家による過剰資金の流入と安易な参入、広告の過剰投入、サムネイルとタイトルによる集客。アタリショックと似ている。
一方、電子版面漫画が市場最高売上を記録している。読者は、粗製乱造なウェブトゥーンの中に宝石を探すのか、それとも品質が安心な版面人気漫画をスマホで読むのか?…結果は見えてるような気がする。